
春日平太郎さんの事を紹介します。春日さんは私の国鉄時代の大先輩で、機関士で大活躍した人なんです。
八高線や川越線、高崎線で私と一緒に蒸気機関車を走らせていたんですよ。また、機労、動労と、組合運動でも頑張っていた春日さん。趣味は俳句とテンペラ画という芸術家でもあったんです。
春日さんの奥さんの路代さんはとっても美人で私も度々グっと来たものでした。路代さんの得意な料理は揚げ豆腐と鶏のから揚げと、天ぷらという、たいそう揚げ物のお得意な奥様でした。春日さんは油の採り過ぎで太りましたがコレステロールは気にしてなさらなかった御様子でした。私の妻のタヨは、揚げ物が滅法苦手なものですので、揚げ物料理は専ら私の仕事。
春日さんは定年後、息子の弘次さんに教わったパソコンで、俳句を詠んだりマインスイーパをしたりしていたのです。私も定年後、よく小宮にある春日さんのお宅を訪ねまして、パソコンの魅力に面白さにすっかり虜になってしまったって訳なんです。そして、私も春日さんの勧めでフロ-ラをビックカメラで購入し、ウィンドウの勉強を始めたのですが、これが難しい!! まずマウスの勉強を二週間やってクリックアンドプレーを覚えました。そして、インターネットに挑戦しようとしたのですが、ニッチもサッチもいかなくてタヨに聞いても分からない、ビックカメラにも電話したのですが、言ってる意味が全然理解できなくて私は泣きそうになって春日さんにご足労願ったと言うわけだったのです。
春日さんが言うには、電話をモデムに繋げればいいよとの事でした。電話を使うとの事はまったく知りませんでしたものですから、春日さんの接続工事には目を見張りました。手際よくス-イスイと繋ぐんです。またまた春日さんを尊敬してしまったのです。
さて、電話が繋がって、いよいよモデムに電気を入れます段階になりまして、エキスプローターでホームページに接続! 「ジーゴロピー」と言う音がして、見事!私はヤッホーのページから大好きな機関車の情報を見たくていろいろ捜しまわりました。(これはネットサーヒンと言うのだそうです)
そしてインターネットをマスターした私はいよいよ自分の「三郎のインターネット」を作りたい作りたい衝動に駆られたって訳なんです。春日さんが言うには、作った文書をサバーにアップすればいいのさ。と申されるのですが私にはチンプンカンプン。まず、そこらへんの事を教えてもらい、ホームページビルだーでインターネットを作りました。これを春日さんに教えてもらいながらサバーにアップしてなんとか完成したって訳なんです! 春日さんありがとう!
そんな春日さんも二年前にお亡くなりになってしまいました。ありがとう春日さん。